

読譜と暗譜のあいだで揺れる話|「間違えるなら読譜しろ」
私はこれまで、「暗譜で弾くこと」にこだわりを持っていました。
譜面を見ず、顔を上げて演奏する。これぞライブ、ロックだと考えています。
譜面に視線を落としてうつむいた姿勢には、没入感が途切れる感覚が付随します。
しかし、
最近にこれまでの理念の見直しを迫られました。
テーマはシンプルです。
読譜と暗譜、どちらを選ぶべきか。
暗譜の魅力|演奏への没入感
暗譜のメリットは明確です。
・視線が上がる
・身体が開く
・演奏そのものに集中できる
・音楽に入り込んでいる感覚が強くなる
・荷物が少ない
特にライブにおいては、この違いがそのまま“説得力”に直結すると感じます。

譜面がないことで自由度が増し、リズムやニュアンスにも意識が向きやすくなります。
結果、その場でライブが生まれる感覚が増幅します。
前述の理由より、私はできる限り暗譜で演奏したいと考えております。
失敗談|完全に飛んだライブ
しかし、このスタイルにはリスクがあります。
先日、暗譜で臨んだライブにおいて、コード進行を完全に見失いました。
一時的なミスではなく、「どこを弾いているのか分からない」状態に陥りました。
結果、演奏が止まりました。
この経験を通じて、自身の準備不足を痛感すると同時に、
「暗譜に依存することの危うさ」を痛感しました。
読譜の価値|安定させるための技術
ここで改めて考えました。
読譜は本当に避けるべきものなのでしょうか。
結論としては、そうではありません。
読譜は、安定した演奏を支える重要な技術です。
・短期間で多くの曲を扱う場面
・伴奏などでミスが許容されない場面
・確実性が優先される現場
上記の状況では、譜面を用いることは合理的且つ、適切な判断だと考えます。
私自身、伴奏の繁忙期に譜面を使用したことがあります。
当時は後ろめたさを感じていましたが、今振り返ると、賢明な選択でした。
葛藤の正体|表現と責任のバランス
この問題の本質は、単に演奏スタイルの違いではありません。
・暗譜で演奏したいという表現欲求
・読譜で確実に演奏するという責任
この二つのバランスにあると感じています。

演奏が止まることは、自分だけでなく全体への損失を及ぼします。
「確実に演奏すること」は重要な役割の一部です。
結論|理想は暗譜、しかし判断は柔軟に
現時点での私の結論はシンプルです。
・暗譜を目指す
・状況に応じて読譜を選択する
最重要な事は、
「間違えるくらいなら、読譜するべき」
妥協ではありません、演奏を成功させるための判断です。
最後に
暗譜で弾き切ったときの達成感は非常に大きく、ライブの没入感も高まります。
一方で、その裏には常にリスクが伴います。
だからこそ、
・暗譜を理想としつつ
・読譜を否定せず
・状況に応じて選択する
この柔軟性を採用します。
最優先事項は安心、安全に演奏を成功すること。
そのための読譜は、積極的に取り入れるべきです。






